お父さんは、私が小さい頃によく空の話をしてくれた。




『お父さん、お父さん!!凄く空が見えるよ!!凄い綺麗、家の前の色と全然違う!!』
『空には表情があるんだよ、真っ青になったり、真っ黒になったり、真っ白になったり、真っ赤になったり。そしてたまに私達に水をくれたり、雪をくれたり、虹を見せてくれたり。国は人の物になっても空は絶対誰の物にもならない。いつも空は私達を包み込んでくれるんだよ?』
『またこの人は…空の話をして。子供が飽きちゃうでしょ?』
『いいじゃないか。美奈…お父さんはね、いつか空みたいになりたいと思っているんだよ。優しく包み込んで、見守りたい。例え美奈が気づいてくれなくても、ずっと…』




この時が、家族としての最後の思い出だったとは、幼かった私は思わなかったであろう。





私は美奈、今中学生、親戚の叔父さんの家に住んでいる。…訳は、親の離婚。
私の親の仲はとても良かったのだ。しかし…空の話の思い出から何日もしない内にいきなり父と母の仲が悪くなった…理由なんて分からない。でもその前の日に二人が真剣な目つきで話していたのだけは覚えている。
仲が次第に悪くなり、母はお酒を飲むようになり、荒れる時が多くなった。父はそれを見て最初は止めようとしたが、最後の方は止めようとは思えなかったのだろう、父はいないかのように黙っている。





 どこでその話が出ていたのか分からなかったが、いつの間にか離婚という形になっていた。母は私を引き取りたいと言ったが私は断った。二人が仲がいい状態なら大好きだったけど、お酒交じりの母なんて嫌い…お酒が入ると、母は私を殴る時もあったし。
 そうなると私は父に引き取られることになるだろう。私もそう思っていた。けど父は私を断った。その時の事は誰よりも覚えている。
「―――私といても幸せにはなれないよ美奈。お母さんの所が嫌なら…親戚の叔父さんの所に行きなさい」
「何で?お父さんにとって、私はいらない子供だったの?」
「…よろしくお願いしますお兄さん」
 お父さんは叔父さんに深く礼をした。叔父さんはそれを見て少し苦笑していたが、その後私を連れて家に連れて帰った。




出来の悪いドラマみたいな、本当の話。捨てられた子供は涙を流しながら、早くも一年が過ぎていた。





叔父さんは父の兄であるのに、母は私とまた一緒に暮らしたいとたまに訪ねに来る。今さら母子二人でやり直そうと説得されるけど、その度に私は嫌だと断り、母を無理やり帰させる。これで何度目なのだろう…駄目ならいっそ忘れたいのに、母が訪ねるからその度に思い出してしまい、泣いている私がいる。




叔父さんはこんな私を哀れんでいるのか叔母さん一緒に優しくしてくれる。でも…私は逆に虚無感に襲われてしまう。父と母に捨てられた可哀想な子供と、思われているのが嫌だった。
だって知ってるんだもん、私を避けてたまに叔母さんが泣くのを。いつも泣きたいのは私なのに、叔母さんは関係ないのに…同情だけで泣かないでよ!!





私は今日、仲が良かった父と母と最後に一緒に来た地平線が見える原っぱに来ていた。空がとても広く、そして綺麗に見える。たまに…精神的に辛くなった時はここにきて泣く…空が私を包み込み、見守っていてくれるから。辛くなっているのはあの二人のせいなのに、結局は思い出を頼りにここにきてしまう…皮肉だね。




私はねっころがって、少し涙を流した。正直この生活は本当に不幸な人に比べれば大した事などないのだろう。でも…私にはかなり辛かった。精神的に限界に来ていた。一人で…ひっそりと泣いていた。




 でも少し周りを見ると一人じゃなかった。

 誰か大人の人…え?

 見たことのある後姿…え?!

「お、お父さん…?」

その大人は私の言葉を聴くとゆっくりと振り向いた。性格と同じで人の良い顔をしていて、めがねをかけている…私が見間違えるはずがない、間違えなくそこには父がいた。最後の思い出の時と同じ父の顔がいた。そして父は私を見た途端微笑んだ。
「美奈、久しぶりだね」
「何で…ここにいるのよ」
 一年ぶりだった。母とは何度も顔を合わせていたけど、父とは会っていなかった。私は嬉しい反面、今までの父に対する憎さでいっぱいだった。
「お父さんの馬鹿!!何でお母さんとの仲が悪くなったの?!何で私を連れてってくれなかったの?!私…ずっと寂しい思いばかりしたんだから!!うっ、うっ…」
 今まで我慢していた事が次々と思い出し、すぐに涙を流してしまっていた。ずっとずっと止まらない…一年分の涙。
「…美奈、泣かないで。私には美奈の涙を拭け…いや、その以前に拭く資格がないのだから…泣かないでほしい」
「どうして私を捨てたの?お父さんにとって私はいらない子だったの?」
「美奈…すまない。私は誰よりも美奈のことが大切だと思ってるよ。もちろん私の妻も。でも…今日でお別れで、心残りがあったから、会いに来たんだ」
「嘘だ!!嘘つかないでよ…」
 なかなか泣き止まない私に対し、父は困り果てた顔をして、その後空に指を差して言った。
「美奈、私は空になるんだよ」
「―――え?いきなり何を…」
「だから最後に会いに来た。ずっと、美奈が気づいていなくても、見守っているからね」
 父はそう言うと、誰よりも綺麗な微笑を浮かべ、消えるようにいなくなった…





 いきなりの出来事、私はかなり戸惑った。あの父は、私が寂しいと思って作られた幻想ではないかとも思った。私にとって父は、それほど大きな存在であったことが伺える。けど…今のは、一体?と、私は取り合えず確認をした。
「…痛い」
 夢ではないと思う。頬をつねる前からそれを感じてはいたけど。
「一体、何だったのよぉ…」
そしてつねっている頬に、一つの水が流れ、その後どんどんと溢れていった…。さっきまでずっと泣いていたのに、どんどん涙が流れていた…





私はそこで泣くだけ泣いて、水が出ない位泣き終わったら、さっきのは夢だったんだと自分自身に言い聞かせて、家に帰った。こんな夜遅くだったら叔父さん怒るだろうな…と思いながら家に入ろうとした…誰もいない?いつもの部屋の明かりがついていない。叔母さんはこの時間いない日もあったからしょうがないとして、どうして叔父さんもいないのだろう?そう思いながらも合鍵を持ち、鍵を開け家に入った。その途端、物音が大きく聞こえた。


プルルルル プルルルル…


「もしもし」
「陽子か?!私だ」
 …叔父さんの声。陽子と言うのは叔母さんの名前だから、どうやら私を叔母さんと間違えているらしい。それにしてもこんな焦る声でどうしたのだろう?気になって私は黙っていた。
「とうとう勇次が亡くなった!!私は今からお通夜に行くが…いつも通り美奈ちゃんには黙っていて、ごまかして欲しい」
 勇次…?勇次って…私のお父さんの名前?!
「叔父さん、それどういうこと?!お父さんが亡くなったって…?!」
 私が受話器に大声で言ったため、多分叔父さんは耳が痛くなったんだと思う。しばらく間が流れ、その後静かな声で言った。
「美奈ちゃん?今のは…」
「『いつも通り黙っていて欲しい』って…昔から、お父さん…何があったの?!」





 私は手にメモを持ち、父がお通夜に出されている会場に向かって走っていた。少し遠く、バスと電車に乗らなくてはいけなかった。
 叔父さんは私との電話でこう言った。
『叔父さんが美奈ちゃんを預かる少し前から、勇次は後少しの命と医者から宣告させたんだ。勇次は妻に…美奈ちゃんのお母さんや私に相談したんだけど、美奈ちゃんのお母さん耐えられなかったんだね、お酒に溺れて…次第に仲も悪くなってしまって、離婚という形を取って美奈ちゃんを私達が引き取ることになったんだ』
『勇次はいつも責めていたよ、自分のせいで妻と子供を不幸にしてしまった、と。自分だって子供を引き取りたい、でも…この体じゃ不幸にするだけだって。美奈ちゃん、勇次も、勇次の妻も許してやって欲しい。二人はただ、すれ違いの為に離婚してしまっただけなんだ、美奈ちゃんを幸せにしたいと言う気持ちは一緒なんだよ』
「お父さん…」
 離婚した理由なんて考えもしなかった。父と母がただ単に仲が悪くなったから離婚したんだと思っていた。でも冷静に考えれば、生真面目の父が、私が大人になるまでに離婚をするなんて考え付かない。でも…後少しの命で迷惑をかけると思って離婚したなら…まだ納得がいく。どっちでも子供の意見を聞いていないけどね。
「お父さんの、馬鹿ぁ!!」





お通夜会場に着いた…お通夜が終わったばかりだったのか、人はまだらにいたけど、どんどん帰って行った。見たことある顔、ない顔…さまざまだ。と、叔父さんが私を出迎えてくれた。
「美奈ちゃん、ごめんよ。ばれるなら、早めに…」
「叔父さんはお父さんに口封じされていたんでしょ?だから…大丈夫、心の準備は出来てるから」
「美奈ちゃん…じゃあついてきて」
 叔父さんは父のところに案内してくれた。…と、そこには意外な人物がいた。
「…お母さん?」
 そう、父とは離婚していたはずの母がいたのだ。目は赤い…おそらく泣いていたのだろう。
「美奈…どうしてここに?」
「お母さんこそどうしてここにいるの?!お父さんの事…嫌いなんでしょ?嫌いだから、離婚したんでしょう?」
「―――知ってしまったのね、彼の病気のこと。私はそれを知って怖くて…たまらなくて、それで離婚という形をとって彼から逃げたの。今考えたら苦しいのは自分だったと言うのに、あの人何も言わなかったのよ?逃げた私を引き止めなかった、全部自分だけが苦しんだ形を取ったの。今でも思う、何で私は彼の前から逃げたのだろうって、出来るなら戻りたかったと。でも機会がなくて…」
 もしかしたら母は、私を取り戻そうとしたのは、父との関係を元に戻したかったから、私がいれば会える機会が出来たからだったのかもしれない。なのに私は…。
「お母さん、ごめんなさい。私、自分のことしか考えてなかった…」
「泣かないで美奈。ずっと黙っていた私と、あの人が悪いんだから気にしなくていいのよ?…美奈、最期に父に挨拶をしなさい。」
私は目の前の棺を開けた。まるで眠っていて、今すぐにでも起きそうな父がいた。…最後に会った時より、かなり痩せていたので、多分ずっと病気と戦っていたのであろう。
「お父さん…お父さん!!うわ〜ん!!」



私は泣きながら、でも最期だからとゆっくりと父の顔を見ていると、さっきの事を思い出した…原っぱの、父を。
「叔父さん、父が死んだのは何時なのですか?」
「3時頃から苦しみだして、一時間ぐらいは持ったんだけど、それで…」
 3時…頃。ちょうど私が父の幻想を見た時だ。気温が高く、太陽がまだ上の方にあったから間違えない。

「あれは本当に…お父さんだったの?」


『私は誰よりも美奈のことを大切だと思ってるよ。もちろん私の妻も。』


『今日でお別れで、心残りがあったから、会いに来たんだ』


『だから最後に会いに来た。ずっと、美奈が気づいていなくても、見守っているからね』


「あれは…本当に最期のお別れだったんだ、お父さんが私に会いに来てくれたんだ…」


『美奈、私は空になるんだよ』



「本当に空にならないでよ、ずっとそばにいてよ、お父さん!!」
 私の叫びは、そこのお通夜会場全体に、広がっていた…




「美奈…ここはまさか」
「そう、お父さんと、お母さんと私が最期の思い出に行った原っぱだよ…お母さん」
 父が死んでから1ヶ月が経った。私は身の回りの品をある程度片付け、その後少しずつ母と会っていた。叔父さん達は優しくて好きだけど、私は母を一人にしたくないから、来月中には母の元で暮らしたいと思っている。その前に母と、思い出の場所に連れて行きたかった。
「あの時が懐かしいわね…あの人、嫌ってほど空の事を語っちゃってね、迷惑だったわよね?」
「確かに、迷惑だったよね。でも…本当に、空になるとは思わなかった。もしかしたらあの時から、お父さんは死を覚悟していたのかな?」
「多分…そうね」
 私は母にこの前の父の幻想を話していた。母は、最初は信じられないような顔をしていたが、その後「あの人らしいわ」と言って信じてくれた。やはり母は、父を嫌っていたんじゃなかったんだなって改めて思った。
「じゃじゃじゃん!!これなんだ?」
 私は一つの折れている紙を取り出した。母はそれを見て、不思議そうな顔をしている。
「何?普通の紙に見えるけど…」
「初めて紙飛行機作ったんだ」
中には…父に対して手紙を書いた紙飛行機。今までの気持ちと、父への感謝を込めて。
「空になった父に、届くよね、きっと」
「そうね、届くわね…あの人、空になったのだから」
 私は紙飛行機を飛ばした。その紙飛行機はよく飛んで、空の彼方に消えていった…



END


計都
2003年06月06日(金) 17時12分50秒 公開
■この作品の著作権は計都さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!恭方々(省略しました)先に出してしまいごめんなさい!!しばらくパソコンいじれないので出してしまいました。本当にごめんなさい!!

空でございます。私実は現在小説初めてで、かなりへたくそなところがあります。そこは少し勘弁してくださいませ。でも個人的には凄くうまくいったと思っています。

ついでに最後、紙飛行機が飛ぶときに私が考えたこと
@これで紙飛行機が飛ばなかったら話にならないジャン(笑)
Aてかこの紙飛行機ただの自然破壊ジャン(良い子はまねをしないでね)
Bもしこれを違う人が読んだらどうすんだべ(いや、むしろそれはあるだろ)
私…シリアス得意と言っていましたが、ギャグをこう考えられるところを見ると、間違えなくギャグ一直線になりそうです(笑)

この作品の感想をお寄せください。
遅くなってごめん!いや、ほんとどんだけ遅れてんのか…まぁ、気を取り直して(何が) 感動ものだなー。こういうの書けるのは凄いと思うよ。俺がやってみようとしてもあの有様だし(苦笑)後半で父の台詞の繰り返しがあったのはめっちゃよかったです!なかなか会うことないけどこれにて失礼…あ、次回もよろしく(一応テーマ決めさせてもらったので) 5 侍忍者 ■2003-07-16 20:39:51 218.220.168.128
上手いねぇ・・・・・のほほんとしながらも何処か切ない小説にちょっと涙しましたよ計都さん(誰)ネタが被ってゴメンね;;私も紙飛行機を主人公みたいに飛ばせるように頑張りますわぁ。あんまり長くしても辛い(ェ)のでここまでで。小説頑張ってね! 5 本条飛鳥 ■2003-06-20 23:35:07 dhcp065-024-067-101.columbus.rr.com
遅ればせながら、レスでございます。現代小説を書いたことのないじょうです。…計都、すごい…なんでも来いな感じじゃんねぇ♪つか、作者コメントの@ABに笑いました。確かにな…(笑)。 5 じょう ■2003-06-20 18:58:41 o225175.ap.plala.or.jp
計都ー!(愛の叫びvv)遅レスごめんなさい…(汗この頃やけに忙しくて(汗汗 久しぶりに計都の小説読んで、超ハッピーになりました♪話自体はとってもしっとりしてて、私好みだったり(笑 なんだかとっても悲しくて、それでいて、最後は心がすっと温かくなりました。お父さんサイコー!(笑)アクセ、楽しみにしてるよ!頑張ってね!  …さて、紙飛行機飛ばしてこようかな(笑 5 桃助 ■2003-06-13 20:30:37 218.222.119.51
計都!久しぶり・・・遅レスごめんよ〜。・・・よろづが再開して早速計都の作品を読めて嬉しかった・・・♪なんとも悲しいけど爽やかな読後感がとても良かった・・・しばらくこの話にひたりましたよ・・・。これは間違いなくシリアスで行けるよ!(謎)ではこれで・・・次の作品やアクセサリーも楽しみに待ってるよ! 5 翡翔 ■2003-06-10 22:11:32 211.0.250.187
すっごい感動しました★ファンになりそうなくらいですv(笑)これからも頑張ってくださいねvvあぁーマジ感動!(うるさい(笑 5 なつ♪ ■2003-06-07 22:32:39 61.122.60.178
合計 30
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