白銀の月


 実技好きでおしゃべりな『ダイ』
 冷静で勉強がとても得意な『サキ』
 雨の日に顔を出す、気弱な『ヨウ』
 みんな良いやつだけど、やっぱり忘れてる。
 振り返ってみれば、嫌なことだけど
 それはそれで知らなくちゃいけない。
 あの日のこと………


              
「おはようございます」
 女子にそう言われて隼人は思わずそれを受け取っていた。
――なんだ、もうそんな時期か
 生徒会長を決める校内選挙の紙だった。薄い紙に立候補者の名がいくつも並んでいる。その中の一つに隼人は目を留めた。
 砂原 錬貴 
 選挙の立候補者は八年生と九年生。
 今回は九年生の名が多いが、そのなかで、その名前を見るとは思っていなかった。
 あの後、錬貴は厳しく注意を受け、三日間学校に来なかった(らしい)
 あれから一週間が過ぎているのだ。
 隼人はあまり変わらない生活をしている。まあ、若菜が帰るときのエスコートは日課になってきたが。
――そーいえばさ
 隼人より高いトーンの声。サキだとすぐに分かった。
――今日の一時間目の数学。僕にやらせてよ
……んー。仕方ないな
――やったね!
 ここのところサキは出てこなかったので許すことにした。

 隼人の瞳が青くなっているのを見て沙梨は笑った。
「なんだ、サキなのね?」
「え?あ、そうだよ」
 数学の時間、担当の釈先生の目を盗んで話すのが沙梨は得意だった。逆に健は苦手だが。
 といっても、釈先生は今はいなかった。どこへいったのやら。
 三人を含め、Aクラスは渡されたプリントに頭を痛ませていた。
 サキは暫く前に全てを終わらせていた。沙梨はともかく、健のほうはこの時間に終わるのか不明なところだ。
「これくらいだったら隼人は楽勝だし、ダイでも簡単だったと思うな」
――よく言うよ
 ダイが言った。
「サキ、次の授業は?」
「僕じゃないよ。どうせ次は二時間続きの美術。僕はお役にたてません」
 目を細めて笑ってみせるサキ。理沙は自分のプリントに戻った。
 健がちらちらと彼のプリントを見ている。サキはプリントを裏返した。
「あ……」
「答えを見るんじゃなくて、答えを求めなよ」
 健は苦笑いした。

 サキは授業が終わると一目散に美術室に駆け込んだ。理由を言えば錬貴のクラスが次にこの教室を使うことになっていたからだ。
 ハアハアと息をきらして、サキは窓を覗いた。
『誰もいないか?』
「うん……大丈夫」
 それが言い終わるか終わらないかのうちに、映りこみのサキ――ダイが息を吐いた。
『今のはやばかったなあ』
「そう、だったね」
 まだ息は落ち着いていない。
「でも、そろそろ大丈夫なんじゃないの?ハヤトは何にもしてないんだよ?」
『ばーか。ああいう悪餓鬼っていうのは逆恨みとか、自分の上に立たれるとムカツクとか、そういうのがわんさかあるんだよ。だからハヤトも用心してんだ』
「えー、うーん……わかんないや」
 サキは目を瞑って大きく息を吸った。
 次に目を開けたとき、瞳は黒になっていた。
「え?次、美術室だったっけ?」
              
 美術は外でのイメージ画だった。
 隼人は誰も来ない、人工樹の上に座って空を眺めていた。
 目に映る、青く透き通るような色をしている空は、心を洗い流してくれるようだ。
 彼のキャンバスにはまだ何も書かれていない。
 ただ、舞い降りた人工の葉が影の絵を作り出しているだけだ。

 本物の樹が見たいと隼人は思った。
 昔に滅んでしまったというたくさんの生き物を見たいとも思った。
 本だけでしか見たことのない、たくさんの生き物を――
 そんな想いの中でも、隼人は小さいながらもハッキリとした叫び声を聞いた。
 キャンバスを枝の上に置きっぱなしにし、彼は声のしたほうに走った。

 ぱっと前方に光が現れた。エルが放つ光だ。
 その場に駆けつけた時には、見たこともない光景になっていた。
 Aクラスの生徒のほとんどがエルを必死に唱えている。
 その相手は大きな甲羅をつけたドゥーだった。
 何故ここにドゥーがいるのか誰も分からなかった。学校の警戒態勢は並外れたものではないはずなのに。
 まだ実戦をしたことがない人はこの中に大勢いる。隼人もその一人だった。
 美術の女先生、海末先生は護身用の剣で対抗しているが、ダメージを与えている様には見えない。
「エル!」
 沙梨が光を放った。が、甲羅に傷がついただけで何もならない。
「先生、すいません!」
 隼人はとっさにそう叫んで、先生の剣をさっと奪い取った。
 エルが飛びあう中、ドゥーは剣を持った自分をその光のない眼で睨んだ。
 冷たいものが背中に触れたような気がした。
「隼人、危険ですよ!」
 先生の叫び。隼人は聞き流した。
「皆!いったんエルを止めてくれ!」
 それでもエルは止まらなかった。
 沙梨が一発、光を爆発させたおかげでやっと止まった。

 ドゥーは今まで動かさなかった巨体をゆっくりと動かした。
 隼人は脳天に向かって剣を振り落とすが、首は引っ込み、剣は甲羅に阻まれて手が痺れた。
――頭を上から攻撃しようと思ってるね?それじゃダメだよ。反射神経が良いドゥーなんだから。いいかい?振り落とすんじゃない。正面を突くんだ。
 サキが言う。ちょっと興奮気味だった。
 首が出てきた。隼人は剣を相手の鼻面に向かって突き刺した。
 奇声とともに首が引っ込んだが、剣の切っ先はそのまま甲羅の中に入り込み、奇妙な叫びが響く。
 エルが再び飛び交い始めた。剣を強引に引き抜き、彼は後ろに退いた。
 誰かが放った強烈なエルで、ドゥーが引っくり返った。こうなればこっちのものだ。
 先生がエルを唱えた。雷が大きな音と共に落ち、気がつくとドゥーは灰になっていた。
 わっと、生徒の間から歓声が上がる。隼人はたちまち皆の中に埋もれてしまった。

「隼人?隼人どこですか?」
「はい!こ、ここです!」
 何とか脱け出し、先生のもとに来ることが出来た。
「あ、あの。先生…でしゃばった真似をしてすいませんでした」
「まったく、その通りですわ。しかし、怪我人が出なかったのも貴方のおかげ。今回は褒めましょう。でも、危険ですから、今後は先生の指示に従うこと」
 そう言いながらも海末先生は笑っていた。
「さあさあ、皆。絵の続きをして。今日中に一枚出さないと居残りですよ」


 心のままに鉛筆は紙の上を滑った。出来上がった絵を見て、「おー」とダイから声が出る。
 大きな鳥だった。まだ色は塗っていないが、イメージでは赤金だった。まるで
――不死鳥……フェニックスだね
「分かんない。本当に心のままに書いたんだよ」
 声に出て、隼人は自分でも驚いた。
 本でしか見たことのない、大きな赤金の鳥。尾羽がとても長く、羽根が輝くという。
「見てみたいな」
――そのうち見れるさ
 聞いた事のない声だった。
……誰?ダイ?
――ん、あ、え?何にも言ってないぜ
 結局謎のままだった。
              
「私は、この学校のため、最善を尽くし――」
 給食の時間から選挙活動が本格的になったようだ。
 食堂に放送が入ってきて、立候補者たちが公約を述べていく。
「えーっと、次は九年生の錬貴さんです。お願いします」
「はい。えー、私の公約はこの学校を一つにまとめあげることです」
「悪いまとまりでな」
 健がパンを口に運びながら言った。隼人は人差し指を立てて口にあてた。
 これ以上放送は聞かないことにした。
 沙梨がお弁当を持ってきたので学食にはないおかずを二人は少しもらった。
「どんなもんかね」
「え、選挙のこと?私はねぇ、八年の加賀谷って言う人に入れるわ」
 沙梨が目を輝かして言う。健は顔をしかめる。
「そうじゃねぇよ。錬貴が何始めるか、分かんないって事だよ」
「ああ……」
 三人はため息しか出なかった。


 邪魔な奴がいるな………
 あの、四年生?
 そうだ。……予知を使って俺を邪魔してくる……
 今度の選挙もどうなるか分かったもんじゃないな
 どうするの、錬貴?
 決まってる……なぁ?
 ああ……もう一人の気に入らない奴と一緒に……消すさ

              
「先輩、いつもどうもありがとうございます」
 若菜は丁寧にお辞儀をした。隼人が微笑む。
「別にいいって。また明日な」
「はい」
 彼がいなくなった後、若菜は家のドアを開けた。
「ただいま」
「お帰り」
 姉の声がした。今日は玄関まで来ている。
 肩までの髪を美しく整えていた姉。
 若菜の、自慢したい姉。
「どうしたの、お姉ちゃん。こんな所まで迎えに来ちゃって」
「んー?たまたまよ。買い物に行こうかなぁっと」
 二人は居間に行き、ソファーに並んで座った。
 こちらから見ると本当にそっくりだ。
 若菜は笑っているが姉の方はうつむいている。
「いつだっけ?」
「明後日よ」
 姉はかける言葉が見つからないようで、彼女と目を合わせようとしなかった。
「嫌だなあ、そんな顔しないでよ」
 姉の困った顔を見て彼女は笑う。でも、心の中では不安でいっぱいだった。



 家に帰るなり、隼人は大きく伸びをし、ベッドに倒れこんだ。
 そしてすぐに眠くなった。『まどろみ』だということも分からなかった。
 後から思えばすごく疲れていたのだろう。この頃は見えない敵相手に神経をすり減らしていたのだから。
 一時間………二時間も過ぎたころ、隼人は起き上がった。外は闇が落ちかけていた。
 彼の瞳は赤い色をしていた。つまり、ダイだ。
「腹減ったんだよなあ……俺が食っちゃうぞぉ」
 と、言いつつも、彼はお気楽じゃなかった。気になる胸騒ぎが起きている。
 彼は窓に目を向け、目を細めた。
――すごく嫌な感じがするよ……
――うん……。僕も嫌にドキドキする
「ハヤトは気づいていないみたいだけどな」
 夕飯の材料を冷蔵庫から探しながらダイは他の人格――ヨウとサキの相手をした。
――あのさ、ダイ
「何だ?」
――この、思い出せそうで思い出せないもの……何だろう?
「ああ。その感じ、俺にもある」
――二人も?僕もなんだ
「気になるよな……」

――思い出せよ、簡単だろ?
 ダイはその声に反応し、思わず後ろに飛び退いた。
「お前か!」
 自分の赤い眼が、見えないもの――自分の同類を鋭く睨んでいる。
――何で俺が出ると驚くんだ?
 謎の声は笑っているようだった。その行動が気にくわない。
「んなことしらねえよ!体が反応しちまうんだ!」
 心臓が大きく鳴っているのが分かった。
――ふーん……
――君が出ちゃいけないって、体が分かってるんだよ!
 それっきり、声は応えなかった。
「……けっ」
 側にあった椅子を力いっぱい蹴飛ばした。



「あ――――――――――、気分悪いったらありゃしない!」
「お、落ち着けよ、ダイ」
 次の日、学校の実技科の時間。
 ダイが健に対してつっかかっている様子を呆れ顔で見ている沙梨。
 三人にしては珍しくない光景だった。
「何があったか知らないけど、先生に見つかるよ」
 ぶすっとした彼を尻目に二人はため息をつく。ふとした拍子に沙梨は思い出した。
「そういえばさ、転校生が来るらしいのよ」
「てんこうせー?」
「そう。私も立ち聞きだったから良く分からないけど、それっぽいのよ」
 興奮した彼女を今度は反対にダイが呆れた。
「そんなに楽しみなのか?」
「そりゃねえ」
「隼人?火影隼人?」と先生の呼び声。
「おっと、いけねぇ」
 苦笑いを浮べて彼は走って行ってしまった。



 おもむろに選んだ本が意外と面白かった。なんてことは良くあるが、そういう本が積み重なるほどあるのはどうかと思うなぁ。
 放課後、隼人は歴史の本を借りようと思って来た図書館でその場面と出合った。
 誰もいない図書館の一番奥。テーブルが埋まるほど本が重ねられた場所に、彼が座っていた。
 管理人の七年生がいつものことだと普通の顔をしている。
 隼人はゆっくりと彼に近づいた。本をめくる音がぴたっと止まる。
「誰だ?」
「俺だよ、火影、隼人」
 彼はその灰色の目を隼人に向けた。
「火影か。なんか用か?」
「い、いや。ただこの本……」
 玲也は本の多さに圧倒されている隼人の顔を見て笑った。
「いつもこんなもんだよ。俺は知らないことばかりだからな」
 一冊がかなり厚くて重そうなのにこの天才少年は何十冊も読む気なのか!
 と、苦笑いを返すしかない隼人だった。
 玲也が顔をしかめた。それがあまりにも突然だったので驚いた。
 心を読まれたかとさえ思った。
 そんな隼人をよそに、玲也は紙に何やら書き留める。
「ど、どうしたの?」
「ん?ああ、見えたのさ」
 隼人は首を傾げる。
「予知エル。そのうち忘れちゃうから書き留めないと、な」
 書き留められた文字はこうだった。
  危機  隠れた広場  三人  
 さっぱり分からないものばかり。
 目的の本を探し出し、隼人は若菜のクラスへ急いだ。
              
 次の日は朝から落ち着かなかった。ダイは何やらぶすっとしていて話してくれなかったし、サキも深刻な悩みでもあるのか黙っていた。
 昨日の夜は雨だったのにヨウも出てこなかった。
 そして何よりも隼人自身が何かを感じていて、かなりそわそわしている。
 集中力が鈍って、何度か授業の部屋を間違った。
 全部、おかしくなったみたいだった。
 健に話し掛けられても無視してしまうほうが多かったし、沙梨が心配して持ってきてくれた薬も受け取らなかった。
 今日は午後の授業がなかったため、隼人も早く帰って眠ろうと思っていた。
 若菜が待ち合わせの校門にやって来た。
「先輩、何か……顔色悪いですよ?」
「若菜こそ……無理して笑顔を作ってるだろ?」
 確かに二人ともいつもの元気はなかった。
 若菜の顔はどちらかというと青白いほうで、無理に笑顔を作っているのが誰の目にも分かった。
 二人の口数もかなり少なく、家までの道のりは静かだった。
 いつも別れる彼女の家の前で今日も別れようとした時、若菜が引き止めた。
「隼人先輩、あの……これ、家に帰ったら見てください」
 そう言って彼女は手紙を渡した。白い封筒だ。
「ありがとうございました」
 隼人が話し掛ける隙を与えず、若菜は家の中に駆け込んでしまった。
 彼は何も考えることは出来なかった。彼女の決心した表情と、そして目に見えた……涙?
 疑問を抱きながらも、隼人は帰るしかなかった。

 彼が去った後、若菜はそっと家を出た。
 分かっていたことだ。
 ずっと……姉が叔母の家に行ってしまった後からずっと……。
 手にした紙をそっと見て、若菜の頬に涙が。
「さよなら……」
 彼女は走った。


  今日、放課後に一人で学校に来い
  もし、この申し出を断ったらどうなるか、分かるな?
  いいか?学校の裏で待っている



              
 隼人は驚く他なかった。
 家に帰るなり剣を持ち出して学校へと走った。

 若菜の家からの帰り、殺気を感じて振り返るとそこには一枚の紙が落ちていた。
 嫌な気配がまだ残っていたので、その紙を拾うと、彼の表情は一変した。

 お前の大切な人が学校で待ってるぜ

 頭の中は真っ白で何にも考えていなかったのに無事に学校に着いた。
 校庭には誰もいなかった。隼人の焦りはつのる。
……何処に、何処にいるんだ!

 視線を感じて彼はゆっくり振り返った。
 本当は振り返りたくなかった。
 そこに、若菜がいた。本当に何も考えず、隼人は駆け寄った。
「!」
 若菜の膝が曲がった。彼は駆けより、彼女を抱きかかえる。
 手に温かい物が流れ落ちた。
「若菜!おい、若菜!」
 傷だらけの彼女の身体からは体温が感じられなかった。
 何が起きたのかはすぐ理解できた。腕に針の跡がある。
 薬……!!
「しっかりしろよ、若菜!」
 その細い身体を揺さぶるが彼女は目を開けなかった。
 隼人は自分に腹がたっていた。人一人守れなかった自分に。
 その怒りに彼女を支える腕が震えた。
「先……輩…?」
 その声に視線が引きつけられた。
 若菜は笑っていた。美しい微笑だった。
「ごめん……なさい……」
「いいから……いいから、喋らないで」
 隼人は悟った。彼女が何故ここに来たのかも、彼女がこの後どうなるのかさえも。
「私……分かってたんです……全…部……私じゃないといけなかったんです……で、も…怖くて……隼人先輩に会って……吹っ切れました……」
――ハヤト……
 答えることが出来なかった。頭の中は真っ白だった。
「先輩には……迷惑かけましたけど、私の……私の最初で最後のわがままだと思ってください……」
 それが最期だった。
 声にならない痛みだけが叫びとなって辺りに響いた――
              
「それで……君が来たときにはもう?」
「………はい」
 あまり立ち入ったことがない部屋――校長室で隼人は質問を受けていた。
 大きな窓から入る光が徐々に赤みをおびていく。それを大柄な男が遮った。
「うむ…。難しいな。誰も見ていないのだから…」
 始め見たときからダイは自分――隼人が疑われていることなど分かっていた。
 しかしそんな事よりも隼人が心配だった。
 彼はどの人格よりも隼人を知っていた。
 それは自分が最初に生まれたからということもあるが、何より、隼人のことを信頼していたから。
 自分が隼人に一番近い存在だから……。
「先生、これはちょっと言い難いですが……」
 大柄な男――学校専属の刑事だが――の顔がちらっとこちらを見る。
 隼人は顔を下げたままだった。
 隣にいる春柳先生が何か言いかけようとして留まったのにも気づかなかった。
「この生徒を参考人として本署に……」
 その声に反応し、隼人は立ち上がった。
 まるで機械仕掛けの人形のように。と、
「隼人」
 部屋の奥から聞きなれた声がした。何かあるごとに聞く、歳の割には可愛らしい声。
「丸崎先生?」
 春柳先生が驚いて声を上げた。校長の優しい目が隼人に向けられる。
「隼人、行く必要はありませんよ」
「……でも」
 丸崎校長は刑事に歩み寄り、男の顔と春柳先生を見た。
「刑事さん、春柳先生。少し、下がってくれますか?」
 呼ばれた二人は互いに顔を見合わせたがすぐに席を立った。


 後に残された隼人は校長を不思議そうに見る。
 校長は話し始めた。
「さて、隼人。君はこの学校の有名な優等生だ。そうだね?」
 隼人は首を横に振った。今度は逆に校長のほうが彼の目を探るように見た。
「おや、噂に聞いていたのとは違うのかね?」
「俺……そんなに優等生じゃありません……」
 丸崎先生は隼人の肩を軽く叩いた。
「何故そう思うのかね?」
「だってそうじゃないですか!優秀な人だったら……隙をつかれることなんてないでしょう!」
 思わず大きな声が出て隼人は目線を離した。校長は今までの優しい顔のままだった。
「隼人、君は……若菜君から手紙をもらっているね。読んだのかい?」
 その時初めて彼は校長の優れた能力を知ったのだ。

「先生、貴方のエルは……」
「そう。君が見た景色を私は見ることができるのだよ」
 隼人はベストからあの手紙を取り出した。
 が、それを開けようとするのを校長は止めた。
「それは君への手紙だ。ここで読む必要はない」
 暫くの間の後、先生は微笑んで言った。
「君はあの子を苦しめてはいない。むしろ最高の時を与えたといってもいい。そして君は嘘などつかないだろう?この事件の犯人と違って……」
 驚く隼人に対し、校長は懐から取り出した手紙を差し出した。
「私もあの生徒には目をつけていた。しかし物的証拠が無かったのだ……。その手紙を読んだ後、全てを自分で決めなさい」
 隼人は何も答えず、ただ頷いて手紙を受け取った。
       
       
――疲れただろ?少し眠ったほうが……
「いいよ……手紙を読まないといけないから……」
 と、言いつつも隼人の足はフラフラだった。
 二階に上がるのさえ辛い状況だった。
 ベッドに座り込み、二つの手紙を取り出した。
「ダイ……」と活気の無い声。
――何だ?
「俺……この手紙を内容によっては死ぬかもしれない……」
――な、何言ってんだよ!
 頭の中の声が動揺している。隼人は続けた。
「何かもう…分からなくなって…あいつにぶつけることも出来なくて…そしたら」
 ダイは何も言わなかった。
 校長先生からの手紙を開けた。丁寧に書かれた文字に視線が向く。


  まず、こんな先生が書くものじゃないような手紙を渡すことを許してもらいたい。
  君が血のついた服で若菜君を連れてきた時、本当に何があったのか分からなかった。
  でも、君の目を覗いたとき、何があったのか分かって、私もショックだった。
  多分君は犯人が分かっているだろう?
  そして復讐したいと思っているに違いない。
  それは好きにしてかまわない。その戦いによって犯人は尻尾を出すに決まっているのだから。
  でも、殺してはダメだ。そうしたら君も犯人と同じになってしまうからね。
  本当は君を止めるべきだと思う。でも、君のその熱い想いは止めることが出来ない。だから私は止めないよ。このことは他の先生に黙っておく。自分で決めるんだ。
  君がこの手紙を若菜君の手紙の前に読むか後に読むか分からないけど、もし読んでいないなら心して読みなさい。 
                        丸崎 一誠 



 心のこもった手紙だとすぐに分かった。そして、こんなに自分のことを見抜いた先生は始めてだとも思った。
 隼人は若菜の手紙に手をかけた。
 ふと恐怖が自分を襲った。これを開けて、彼女の気持ちを知って、そうしたら俺は壊れてしまうんじゃないか?
 自然と足は鏡に向かっていた。そこにはいつもと同じようで違う自分が映っていた。
「誰でもいい……出てきてくれ」
 鏡の自分は表情を変えなかった。思いはつのる。
「俺は……皆みたいに強くないんだ……だから……誰かに頼りたいんだ」
『勘違いするな』
 鏡の自分が顔をしかめた。見たことのない、自分だった。
『勘違いするな。強い人間なんて何処探したっていないさ。俺だって、皆だって強くない。もちろん、お前も』
 見たことのない自分は強く隼人を見た。睨んでいるのではない、さとすような紫の瞳がじっと見つめている。
『ハヤト。分かっていると思うけど、俺達はお前なんだ。自分に聞いたって分からないこと、あるだろ?まあ、俺達はお前とは分裂してるからそう感じないかもしれないけど。仕方ないから今回は俺がついててやるよ』
 鏡の中の彼は身振りで手紙を読むように示した。隼人は何の疑いも持たず、彼の要求を呑んだ。
 かすかな音を発てて封筒は破れた。恐れていた中身は以外にも彼を驚かせるだけだった。


  先輩。多分、これを読む時には私は先輩の側にはいないと思います。
  でも先輩には話していないことがいっぱいあるのでこの手紙に全て書きたいと思います。
  あまり関係のないことが多く書いてありますが許してください。
  私の能力は予知類の予知夢エルです。つまり正夢を見るのです。
  その能力が出る度に私は先生に報告しました。
  何故ならそれ全てが九年生の悪巧みの予兆だったからです。
  それのせいで私は九年生に狙われていたのでしょうね。
  この予知夢、珍しく私の未来を見せたんです。そうしたら私が今日、死ぬってことだったんですよ。
  三年前、姉が叔母の家に行ってしまった時に見たんですけど。
  そうしなくても、私の命はそう長くなかったんです。
  私は昔から心臓が弱くて今度発作があったら一ヶ月が限度だって医者から言われましたからね。
  その発作が二週間前にあったんです。別に怖くはないです。ただ心配なだけで。
  予知には変えられる未来と変えられないものがあるんです。
  知ってましたか?その変えられないものに私の死がありました。
  先輩の未来も見たんです。あの実技のことです。
  でも昨日、同じような光景を見たんです。それは変えられる未来のようです。
  長くなってしまいましたが最後に迷惑をかけたことを謝ります。
  そして姉をよろしくお願いします。さようなら。 
                          花坂 若菜


 細く書かれた文字が彼女の心境を語っているようだった。隼人は何度も読み直して手紙を握った。
「変えられる未来、か」
 何もかも吹っ飛んだ心地だった。鏡の中の自分が笑う。
『決めたか?』
「ああ。決めた」
 手紙を封筒に戻し、鏡に向かって突き出した。
「変えない。そのまま流されたっていいだろ?」
『そうだな』
 音もなく黒い瞳に直りかけた鏡の自分に向かって彼は叫んだ。
「待って!君は一体誰なの?」
 鏡はもとの自分を映し出したが頭にあの声が語りかけた。
――そのうち分かるさ
              
「待てって、おい!」
 門の前で待っていた健をうっかり見逃してしまって隼人は慌てて振り返った。
「ごめん健、見逃した」
「いや、別に気にしてないけど」
 そう言いつつも彼の顔は引きつっている。
「言っておきたいことがあるんだ」
「俺に?」
 健は不思議がる隼人を人工樹の林に連れて行った。
「予知類の奴等が今日いっせいに能力を発揮したらしいんだ。それが全部なにかしら錬貴に関わっている」
 隼人は彼にある意味での尊敬の一言を口にした。
「……健、さすが情報屋だね」
「まあな」と言って照れている。
 隼人に確信が生まれた。今日、自分が一人になった時に『来る』
 そんな顔を健はずっと見ていた。
 何か起こりそうで怖いと思っているかのように。


 休み時間、春柳先生が心配して隼人を呼び出した。
 その口調からして、昨日の話は聞いていないらしい。
「なんだったら今日休んでも良かったのよ?」
 首を横に振ると先生の顔はますます白くなった。
「俺はいろいろと考えた結果、ここにいるんです。そんなに心配しないでくださいよ」
「でも、私は先生なのよ。もしも何かあったら……」
 ほんの数秒、目を離した瞬間、目の前にいるはずの彼の姿は忽然と消えていた。
 ひゅっと風が動いたと思うと後方で何かが着地する音が聞こえた。
「ごめんなさい先生。次の授業、外なんで行かしてもらいます」
 振り向くより先に隼人は先生の前からいなくなった。
「んもー!」
 この手で逃げられたのは何度目か知らないが心配の度は大きくなるばかりだ。

「よっ、ほっ、わっと」
 図書館の本を山積みにして廊下を歩いていた玲也を発見し、その手伝いをひきうけた隼人は理科の本を理科室に持っていくところだった。
 実際のところ彼は理科室が苦手だった。暗くて、じめじめしていて(理科の実験は好きなのだが)
 本を置いた音が嫌に大きく響いて自分でびっくりした。
……ふう、これから戦いに突っ込もうとする奴がこんなんで驚くなんて、情けない……
 そんなことを思いながらこの長居できない場所から出ようと出口に走った。と、
「!」
 後方からの鋭い視線で隼人の表情がさっと殺気満ちた。
 振り向くとそこには別な意味で見慣れた奴がいた。
「よう、久しいな」
 そのニヤッとした笑いが気にいらない。
 睨みつけるような鋭い視線をおくってやった。
「どうやって入ってきた」
「なあに、ここでちょっと居眠りしてただけさ」
       ※       
「よし、これで全部だな。間違ってないと思うけど」
 最後に立ち寄ったCクラスに本を全部置いて玲也は一息ついた。
「えーっと、社会科だろ、国語だろ、実技に保健……」
 持ってきた本を数え、確かめた。すると、あることを思い出し、顔をしかめた。
「そういえば火影は遅いな。Cクラスに寄るって言ってたのに」
 珍しく嫌な胸騒ぎがした。
 そして頭の痛みにまたしても顔をしかめることになる。

  今日は遅く帰るべきだ いつもとは別な道を行くがいい
  夜にまぎれる人獣は獲物 友を救うに牙が必要だ
  隠れた広場に行く君は赤き涙を見ることになる

「火影……?」
 頭の痛みにふらつきながらも玲也は誰もいない教室から理科室に向かった。
 あの角を曲がれば、と、背の高い男が出てきた。
 反射的に身をかがめ、気配を消した。一目見て誰だか分かったから。
 錬貴だ。
       ※       
 背中を強く壁にぶつけられて頭がくらっとした。
 相手の冷たい黒い瞳に思わず身震いがした。
「騒ぐなよ」
 その声を聞いた途端、ナイフが喉元に突き付けられたようだった。
「いいか?今日の放課後だ。この地図に書いてある場所に来い。分かってると思うが、身を守るものはあったほうがいいと思うぜ」
 気がつくとそこにはもう錬貴の姿は気配と共に目の前からいなくなっていた。
 殺気がまだ身体に纏わりついている。心臓の音も静まらない。
――殺気負けか?
 ダイが不安そうに言う。
「そんなこと、ない……でも」
 隼人はやっと身動きした。
「強さを見せつけられて、自信が揺らいだ」
――やめるのか?
「……いや」
 脳裡に若菜の姿が浮かんだ。
 まだ笑っている若菜と、あの時腕の中に倒れてきた若菜。
 あいつに命の光を遮られてもう触れることが出来なくなった若菜の幻影が頭から放れない。
「あいつを――錬貴を止めないと俺の怒りは消えない。だから、何があっても、やめない」
 頭の中の声がふっと笑ったような気がした。
「火影!」
 振り向いたさきに玲也が慌てた様子で立っていた。
「氷果?どうしたの?」
「どうしたもなにも」
 詰め寄る玲也。思わず後ろにさがった。
「遅いじゃねぇか!次の授業にまに間に合わねぇだろ?!」
「ご、ごめん」
 その時、休憩終了の鐘が鳴った。
 苦笑する玲也。
「ほら。火影、先いけよ」
「え、あ、うん」
 隼人が走り去る。その拍子に机の上に乗った本が落ちた。
 今の話し聞かれたかな、だってさ
 本を拾いながら玲也は考えた。
       

       
 日が落ちかけてきた。昨日の今ごろ、自分は同じ場所に立っていた。
 気持ちだけ違って、位置も、向きも同じだった。
「ここに来るとは思っていませんでしたよ、隼人」
 優しい声がその場の沈黙を破った。
「君なら何もいわずに行ってしまうと思っていたんですから」
「足が、勝手にここへ……なんて」
 笑いながら隼人は視線を落とした。妙に床が遠かった。
「もうすぐ……血を見ることになると思ったら、ここに来たくなって…」
 肩に手が置かれる。視線を上げるとそこに校長の瞳があった。
 読まれたと思った。そのとおりだったのだが。
「ふむ。手紙は呼んだね。なら、書いてあったとおりにしなさい。私から言えることはそれだけだ」
 優しさに、涙が出そうになった。
「また、ここに来てもいいですか?」
 頷き、微笑んでくれた。答えは何故か最初から分かっていた。
 外へ出て校長室の扉が閉められたとき、その気配に気づいた。
「行くの?」
 春柳先生だ。
 隼人は答えなかった。答えるまででもなかった。
 春柳先生は彼を強く抱きしめた。送り出すのが辛いようだった。
「貴方はもう雛鳥じゃないんですもの。大丈夫、よね」
 ここに無事に帰って来られればいいと思うしかなかった。

 地図に黒く印がついている。多分ここへいけばいいのだろう。
 使い慣らされた剣が肩で揺れ、手甲が夕日をあびて色を変えていた。
――さぁて、行きますか
 ダイが興奮している。
――怪我はなるべくしたくないよね?あたりまえだけど
 サキが心配そうに言う。
――ぼ、僕は間違っても出ないから。て言うか見ないから
 ヨウの言葉が逃げるように消えていった。
 あの声だけは出てこなかった。
 これが本物の闘いなんだ。
 実技の授業じゃない。
 ドゥーとの争いでもない。
 人と人との決闘。それが本物なんだ。
「若菜。俺、間違ってないよな?」
 何も考えず、ただ地図に書いてある広場へ隼人は走った。










桃助
2002年11月21日(木) 20時25分35秒 公開
■この作品の著作権は桃助さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
復活記念♪(ぇ)今までテスト期間中で全然書いてなかった桃助です!
いやー、続き投稿しちゃいました。この初期の作品も、愛着があるんですよね(笑)
あ。あらすじも何も書いていないんで、前の作品を読むことをおすすめします(ぉぃ)
しかも、今回も長すぎですね(汗汗)

語ってみよう♪
『主人公が最愛のキャラだということ』(ぇ)
隼人は私が1番最初に手をかけて育てたキャラなもので(笑)でも、こいつもいろいろと進化(?)しております。
服とか、髪型とか、口調とか。最初は僕だったんですよ、実は(笑)
私の画力がもっとあれば隼人の絵を書きたいんですけどね(^^;)

もう1つ。FF7と同じようなセリフがいくつかありますが(誰も気がつかないかも・・・)
はまってたんですね、FF7(笑)もしかしたら隼人のモデルは・・・(笑)

皆様感想ありがとうございます♪こんな変な作品でも続きが見たいと思ってくださった皆様にこの話しを捧げます♪
今回もよろしければ感想ください!

ではでは、続きはどうなるかわかりませんが、頑張ってみます〜。それでは!

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いろんな人格があるってのがいいよね!どんどん惹き付けられてくvv若菜ちゃんが死んじゃうだなんて、結構ショックだった・・・。でもあの出てきた人格さんは一体?!心臓がドキドキのバクバク!続きどうなるのかすっごく気になる!頑張ってね!グッビバイ! 5 まぎ ■2002-11-24 21:08:19 proxy1.uyasu1.kn.home.ne.jp
楽しみに待ってましたよ〜・・・そして今興奮状態に!!面白い・・・面白いっす!!やっぱり良いっすね、主人公に魅力がある物語って・・・。紫の瞳の人格が誰なのか・・・あー、これからも目が離せない〜!!FF7の台詞・・・どこだろう?今プレイ中だけど(笑)全然気付かなかった。俺も現在ハマり中です。じゃ、続きも頑張ってください!! 5 翡翔 ■2002-11-23 19:09:15 p0814-ip03higasisibu.tokyo.ocn.ne.jp
どうも〜。やっぱり桃助さんの作品は格好いいです!!若菜が死んでしまう所がFF7のエアリスが死ぬ場面とダブって見えました(ヲイマテ) 続きがとっても気になります。ではでは、次回も頑張ってください!!! 5 ZNK ■2002-11-21 23:59:40 13.pool2.ipcyokohama.att.ne.jp
合計 15
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