sensational diving 3 |
第三章 夢見るデッド・エンド 翌朝、7時。 喉の痛みで目が覚めた。というより、目が覚めたら喉が痛かった。 (風邪でもひいたかな。) 結局昨日はよく眠れなかった。当然と言えば当然かもしれない。死体なんて非日常的な物を目の当たりにしてなお快眠できるほど、私って人間は強くない。 今でも鮮明に思い出せる。血の海に浮かんだ死体、自分が殺されるという地獄のような光景の一部始終をとらえたであろう瞳、恐怖を焼き付けたままのあの表情。めったにお目にかかれない代物を見てしまった。できることならもう二度と見たくない。 仁のことも気になった。あの表情から察するに、「何か物凄いこと」が起こったのは確実だ。少なくとも、「欲しかったマンガ本が売り切れだった」なんてレベルのことではないだろう。 親友の自殺でも目撃したか、全財産入った財布でも落としたか、それとも「殺人でもやらかしたか」。 極端な例だが、仁は確かにそんな顔をしていた。 朝のワイド番組でも見ようと思い、ロビーに向かった。私の習慣だ。別にニュースが見たいわけじゃないし、最後に放送される星占いだって全く信じてない。ただ朝特有の静けさを払拭するため、BGM代わりにつけているだけだ。 そういえば、昨日のこの瞬間だっけ。ドアに手をかけたその瞬間、隣か向かいの部屋辺りから物凄い悲鳴が聞こえて。何だバラバラ死体の腕でも見つかったかなんて思いながら、その方向に向かって。そしたら、あの死体とご対面してしまったわけだ。バラバラ死体ではなかったけれど・・・。 これからは、こうしてロビーのドアに手をかける度にあの死体を思い出さなきゃいけないのか。嫌だなぁ。 そんなことを考えながら、ロビーのドアを開けた。 昨日のような悲鳴はもちろん聞こえなかった・・・が、悲鳴とはいかないまでも、叫び声に近いものを上げてしまったのは、私自身だった。 「・・・仁!!」 昨日あんな物を見るまでは、人間の「死」は私にとって、どこか遠く離れた存在でしかなかった。「少なくとも今日、私や周りの人間は死ぬはずがない。」そんな根拠のない確信が、私の中にはあった。しかし、人は死ぬ。 何箇所かナイフで刺して放置しておけば、人は死ぬ。このビルの屋上から突き落とせば、水も食料も与えずにどこかに監禁しておけば、いとも簡単に死ぬ。 当たり前のことだが、改めて思い知らされた気がした。 そんなわけで、今現在私の中で「死」とは、昨日までとは全く違う、親密な意味合いを持っていた。いつかは私も死ぬ。仁も死ぬ。その「いつか」が今日じゃないなんて、一体誰が決めたっていうんだ? 仁は昨日のままの服装で、床に横たわっていた。昨日の死体の副作用で、床に横たわるものは全て死体に見えてしまう。 「仁、仁!ねぇ、生きてる!?」 我ながら間の抜けた台詞だ。しかし、これ以外言葉が浮かばない。叫ぶとよけい喉が痛い。私はヒステリックなまでの声を上げながら、仁の肩をつかんで揺さぶった。すると仁は、うっすらと目を開けた。どうやら、昨日あのまま眠ってしまい、寝ぼけて床の上に移動しただけらしい。 「ここ、どこだっけ?」 仁は痛そうに首をさすりながら起き上がる。こんな所で寝ていれば当然だ。 「バカ。」 また心配かけられた・・・いや、今のは私の早合点だった。安心したら、涙が出そうになった。不覚だ。 (あ。今初めて名前で呼んだなー・・・) 中学生カップルみたいなことを思いながら、テレビのスイッチを入れた。賑やかな音楽が、全てを払拭してくれる気がした。 仁が後ろを向いた隙に、私はそっと涙をぬぐった。 なんでもないことのように、さらりと聞いてみた。あいつの性格上、深刻な声で聞いたら、何も話してくれなさそうな気がしたから。 「昨日、どこ行ってたの?」 寝起きの悪い仁は、半分寝ぼけたような声で言った。 「話、聞きに。」 表情から読み取れる限り、嘘はついてないらしい。 「話って、何を。」 「それは・・・言えない。」 「言ってよ。」 「話すほどのことじゃ・・・」 仁はそこまで言うと、それまで我慢していたものがこらえきれなくなったかのように咳をし始めた。寝起きのせいだと思ったが、さっきから声がかすれてる。どうやらこいつも風邪をひいたらしい。 咳で途切れてしまったが、最後の台詞は恐らく「話すほどのことじゃない」だろう。 (嘘だ。こいつは何かを隠してる。) 仁は咳をしながら立ち上がると、自分の部屋に向かった。単なる風邪とは言え、辛そうだ。 「風邪ひいたんならちゃんと寝てた方がいいよ、どうせ暇なんだろうし」 私が声をかけると、仁はまた強がったように笑って、言った。 「自分こそ、ちゃんと寝てればいいのに。」 あれ、と思った。何でわかったんだろう。 確かに喉は痛いけど、咳なんか一度もしてないのに。声でもかすれてたかな? ロビーを出て廊下を歩く仁は、まだ咳をしている。ちょうどテレビで星占いが始まった頃だった。 かくいう私も、人の心配してる場合じゃないらしい。 顔が熱い。どうやら熱もでてきたようだ。とりあえず私も自分の部屋に戻って、横になった。風邪はひき始めが肝心だ、とか何とか、誰かが言ってた気がする。 こうして横になっていると、いろいろと考えてしまう。「昨日の殺人の犯人が本当に仁だったらどうなるんだろう」とか、「いつまでこんな贅沢な生活続けられるんだろう」とか、「普通に学校通ってたら、今頃テスト期間かなぁ」とか。 そうして別のことを考えていても、私の頭のどこかには「死」の一文字が残っていた。 人なんて一日に何人、何百人も死んでる。私が死んだらどうなるだろう。全体的な目で見れば、私もその何人、何百人の一人として加算されるだけだ。 普通誰にでも、家族であれ友達であれ、自分の死を悲しんでくれる人が一人はいるはずだ。 じゃあ、私の死を本当に悲しんでくれるのは誰だろう。松本が悲しんでくれるだろうか?自分の娘の死を、今でもズルズル引きずって生きているように。 仁は悲しんでくれるだろうか?きっと悲しんでくれるだろう。誰にも気づいてもらえなくても、あいつの優しさは私が知ってる。 いつか人は死ぬ。私も、仁も、全ての人が平等に。 本当に全ての人に与えられた平等なんて、それ位のものかもしれない・・・ そんなことを考えているうちに眠くなってきたので、とりあえず眠ることにした。 どこか遠くで、仁が咳き込んでいるような気がした。 |
pinna
2002年11月14日(木) 17時14分58秒 公開 ■この作品の著作権はpinnaさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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この先読みできないストーリーと、地の文の上手さが引きつけられます。最後までがんばってください! | 5点 | ユタマチ | ■2002-11-16 10:27:07 | k118105.ap.plala.or.jp |
こんばんわ、はじめましてpinnaさん♪(笑)人物の心情描写が綺麗で良いですね。続きも楽しみにしてます! | 3点 | リョウ | ■2002-11-14 19:39:11 | y062211.ppp.dion.ne.jp |
もう!また間違った判定しちゃった( ; _ ; ) | 5点 | ゆめ | ■2002-11-14 16:31:52 | i109143.ap.plala.or.jp |
一番に投稿♪何だか今後の展開が益々楽しみです!!では! | 1点 | ゆめ | ■2002-11-14 16:30:50 | i109143.ap.plala.or.jp |
合計 | 14点 |