sensational diving 2 |
第二章 悲劇的なそら 「僕を止めてください」 頭から離れない。いい加減うっとおしい。 もちろん、死体自体も見ていて気持ちのいい物では決してなかった。 胸の辺りにナイフで刺されたような傷跡があった。見えただけでも3箇所、それと腕に一箇所。 それだけで「うわっ」と思って目をそらしてしまったから、あとは知らない。そして目をそらした瞬間、あのメモを見つけたのだった。 あの動揺っぷりから言って、犯人は多分仁じゃないかと思う。だとしたら、何を? 仁は何を”止めて”欲しがっているのか? そんなことがさっきから気になって、いつものように読書に没頭できない。 さっきの台詞にも、どこか引っかかる物を感じる。 「一体何を止めて欲しいんだよ」 (・・・そんなのこっちが聞きたいっつーの!) 何だかむしゃくしゃしたので、必要以上に力いっぱい本を閉じてみた。 ばふっ! 怒りの元凶である本人は、一瞬驚いて顔を上げたが、すぐに下を向いてしまった。後には妙な沈黙が残った。 でも、まだあいつが犯人と決まったわけじゃない。私の直感も、仁の動揺も、「単なる気のせい」でバッチリ説明がついてしまう。 とりあえず忘れることにした、忘れられるものなら。 雨音は静かに、果てしなく続く。 そういえば小学生の頃、「テレビの砂嵐をずっと見ていると、人の顔が見える」という話を聞き、実行したことがあった。 子供が好きな、よくある作り話だ。ちょっと考えればわかりそうな物なのに、信じてテレビの前で待った私。他人を簡単に信用した私。ふと思い出して可笑しくなった。 私はバカだ。昔も、今も。 雨音は、その時の砂嵐に似ていた。聴覚がおかしくなりそうだ。 ふと外を見る。目に映るのは、たくさんの傘、人、車。”現実世界”を生きる、窓ガラス越しの人々。皆傘を揺らしながら、足早にどこかへ向かうだけだ。見ていてもあんまり面白い物じゃない。 目線を移す。すると、ビルの前にパトカーが何台か停まっていた。 「警察、来てるわ。」 「そりゃ来るだろ。殺人なんかあれば。」 仁はマンガ本から目を離さない。かと言って、本に夢中になっているわけでもなさそうだ。退屈そうな横顔がそう言っている。 (こいつ、ダウトとか苦手だろうな・・・顔に出るから。) 警察の捜査はその後延々と続いた。私も1度、簡単に質問を受けた。 相手は若い刑事だった。いかにも「公務員!」って感じの、堅そうな人。 「被害者との関係は?」とか、「死体の発見時に不振な人影はなかったか」とか「死体の側にあったメモの内容の意味がわかるか」とか何とか。 質問は30分位で終わったが、私には1時間にも2時間にも感じられた。どうもこういう堅苦しいのは苦手だ。 質問の最後、思い出したようにこう付け足された。 「君、学校も行かないで、こんな所で何してるの?」 これには困った。何してるって、そう言われると何してるんだろう。 (結構イタイ事聞いてくれるなぁ、人の事情も知らずに。それも”職業上の責務”ってやつですかおにーさん?) 私はこれでもちゃんとやってる。形はどうあれ、私なりにちゃんとさ。 ・・・と思ったが、口に出すと余計ややこしいことになりそうなので、とりあえず「開校記念日なんで。」と答えておいた。 すると刑事は疑わしそうな顔で「ふーん・・・」と言った。嫌な感じだ。 「こんな所で何してるの?」 何か、やたらと耳に残った。 2時過ぎ、仁は読んでいたマンガ本を机の上に放り投げた(ちなみにあれは先月号だ)。そして時計を見ると、面倒そうにため息をついて立ち上がった。 「どこ行くの?」 「どっか」 「バカ」 いつものように小学生じみた会話を一通り交わした後、仁は部屋を出ていった。こんな時だから少し心配だったが、まあ二度と帰ってこないなんてことはないだろう。大方、マンガの最新号でも買いにいくんだろう、と思った。 しかし予想に反して、5時になっても仁は帰ってこなかった。 やたらと胸騒ぎがした。5時なんて、今時小学生でも出歩いてる時間なのに。 そう言えば、「書店で立ち読みしてたらいつの間にか7時過ぎで、ビルの鍵が閉まっちゃって入れないわどーしましょう」なんてことが、仁にはたまにあった。 それも心配だったが、もっと別の・・・そんな笑い話みたいな話じゃなくて、もっとずっと深刻な何かがある気がした。もちろん、それも直感に過ぎないわけだが。 探しに行くか?・・・そんなことしたら「子供じゃないんだから」と笑われるに決まってる。それを考えると少し不愉快だ。 とりあえず待つことにした。ビルの鍵が閉まるのが7時だから、6時半過ぎても帰らないようなら探しに行こう・・・そう思った。 ここに来てから、相当おせっかいになった気がする。あいつのせいだ。間違いない。 結局仁が帰ってきたのは、6時15分だった。 散々心配かけられたから、無事に帰ってきたら、とりあえず本の角で殴ってやろうと思っていたのだが、計画は失敗に終わった。あいつの表情を見たら、思わず本を引っ込めてしまった。 仁は、初めてここに来た時のような、辛気臭い顔をしていた。うつむいて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。 どうしたのと聞いた私に、「何でもない」と不器用に笑い返す、泣き出しそうな瞳。そんな顔で「何でもない」ってこともないだろう。 同類だからわかる。こいつ、悲しいほど強がりな奴だ。泣きたい時に素直に泣けない、不器用な奴だ・・・。 仁はしばらく椅子に座ってうつむいていたが、そのうち机に突っ伏して眠ってしまった。相当疲れてるみたいだ。起こすと気の毒だから、テレビのボリュームをそっと下げた。 (泣きたい時はちゃんと泣け、バカ。) 泣き出しそうなあいつの瞳は、今日の空とよく似た色をしていた。 いつか私は無意識に、「明日は晴れるといいな」と思っていた。 |
pinna
2002年11月12日(火) 20時50分53秒 公開 ■この作品の著作権はpinnaさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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どうも!最後のテレビのボリュームを下げた所が玲香の性格を表しているようでなんだかいい感じですw ではでは、これからも頑張ってください!! | 5点 | ZNK | ■2002-11-12 21:51:46 | 69.pool0.ipcyokohama.att.ne.jp |
合計 | 5点 |